栄久山妙善寺 日蓮宗 ≪妙善寺について≫ 山梨県祈祷お祓い 初詣

御由緒

御由緒妙善寺は、四百年往時皇室の祈願所・徳川家有縁のお寺として栄えて来た、日蓮宗身延山久遠寺直末の寺院です。
 開山は、正親町天皇御宇 永禄十一年(1568) 泉寿房日脱上人(せんじゅぼうにちだつ)とされております。
 日脱上人は、身延山第二十二世日遠上人との深交で、徳川家康公の側室、養珠院お万の方や徳川家康公や徳川光圀公とも深いご縁がありました。
 日遠上人に深く帰依していたお万の方は、熱心な法華経信徒で、その功績は著しいものがあり、熱心な信仰は、妙善寺の八幡信仰にも深いかかわりがあります。
八幡信仰は、お万の方の外護を受けられた、身延山第二十六世日暹上人より、寛永二十一年(1644) 妙善寺第二世積善房日閑上人へ、妙善寺鎮守として、石躰正八幡大菩薩を賜わり、八幡御堂を建立し、奉安したことに始まります。
 当時、甲斐の国に緒難疫病が流行していた為、八幡御堂において病気平癒の祈祷が行われ、日閑上人秘法楊枝加持祈祷(ひほうようじかじきとう) により、疫病を平癒した事から、霊験あらたかな八幡さんとして、広く知られるようになりました。
御由緒徳川家の熱い信仰と日閑上人の秘法加持祈祷は、皇室の深い信任を得て、後光明天皇御宇、明正上皇(お江の孫娘) より父・後水尾上皇の病気平癒祈祷の勅命を受け、秘法加持祈祷を行い無事に平癒しました。
その砌によって、皇室祈願所・疫神遠離楊枝加持祈祷根本霊場の称号を賜わりました。
 またこの事柄をもって、正親町天皇猶子伏見宮邦房親王の王子 八之宮尊賀親王が、妙善寺へ紺紙金泥妙法蓮華経一部八巻を御親筆奉安なされ、鎮國祈祷を行い皇室繁栄・国家安泰を祈りました。
 以来身延山第三十六世日潮上人より祈祷堂中座免許、身延山第四十三世日見上人より永結衆座免許、身延山第六十六世日薪上人より永聖格免許等を賜わり、嘉永七年(1854) 妙善寺第十五世日誠上人(にちじょう)は京都御所参内のおり、孝明天皇より紫紋白、並びに菊花御定紋を勅許賜わりました。
 日閑秘伝楊枝加持祈祷は、四百年間代々住職に受け継がれ、栄久山妙善寺の法燈と共に、絶えることなく今日に至っております。               LinkIcon楊枝木剣祷発祥の地 栄久山妙善寺


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