栄久山妙善寺 日蓮宗 ≪諸堂案内≫ 山梨県祈祷お祓い

山門

山門 山門 山額


山門額面字跡は、村雲御所(むらくもごしょ)日尊宮様(明治天皇のおば君)の御親筆によるもので、当山第十五世日誠上人(にちじょうしょうにん)が京都御所参内のおり村雲御所日尊宮様より拝戴(はいたい)したものであります
妙善寺歴史散歩道 山門

本堂

定紋三葉葵須弥壇  徳川家寄進の須弥壇屋根.jpg


本堂屋根箱棟には、嘉永七年八月(1854) 京都御所参内のおり、孝明天皇より賜った菊花御紋を掲げております。
 堂内御宝前中央には、元禄八年九月(1695)、京都・谷口法悦(たにぐちほうえつ)氏寄進による、板大曼荼羅御本尊(だいまんだらごほんぞん)が御安置されています。
 享保十三年二月(1728)、京都大光山本圀寺より賜わった、傳教大師(でんぎょうだいし)御作、大毘沙門天王が奉られております。
この霊験最(れいけんもっとも)あらたかな大毘沙門天は、足利将軍家・織田信長公・加藤清正公・徳川光圀公など、数多くの歴史人が手を合わせ崇敬をあつめました。
 内陣奥には、徳川家寄進による徳川葵御紋の須弥壇(しゅみだん)が安置され、また、本堂正面の彫刻は、江戸三大彫刻の石川彫刻で飾られております

八幡御堂

御堂内  八幡御堂内菊花紋章箱


八幡御堂は、徳川家康公の側室・養珠院お万の方の外護丹誠により建立されました。
 ご本尊は、寛永二十一年(1644) 身延山第二十六世日暹上人(にっせんしょうにん)より、当山第二世積善房日閑上人(しゃくぜんぼうにちかんしょうにん)へ、妙善寺鎮守として賜わった石躰正八幡大菩薩(せきたいしょうはちまんだいぼさつ)を安置しています。
 当時、甲斐の国に諸難疫病が流行していた為、八幡御堂に於いて病気平癒の祈祷が行われ、日閑上人秘法楊枝加持祈祷(ひほうようじかじきとう) により、疫病を平癒した事から霊験あらたかな八幡さんとして、広く知られるようになりました。
 日閑上人の秘法楊枝加持祈祷は皇室の深い信任を得て、後光明天皇御宇、明正上皇(お江の孫娘) より、父・後水尾上皇の病気平癒祈祷の勅命を受け、秘法楊枝加持祈祷を行い無事に平癒しました。
その砌によって、皇室祈願所・疫神遠離楊枝加持祈祷根本霊場の称号を賜わりました。この事柄をもって正親町天皇猶子伏見宮邦房親王の王子 八之宮尊賀親王が、妙善寺へ紺紙金泥妙法蓮華経一部八巻を御親筆奉安なされ、鎮國祈祷を行い、国家の平安を祈りました。
 日閑秘法楊枝加持祈祷は、四百年間代々住職に受継がれ、毎年 十月第二日曜日に、八幡御堂に於いて年に一度、石躰正八幡大菩薩御本尊が開帳される、秘伝加持大祈祷祭が行われ、全国から大勢の参拝者で賑わいます。

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